◉Alcobaça, PORTUGAL/アルコバサ、ポルトガル
世界遺産アルコバサ修道院に残る、イネスとペドロの悲しい物語。
◉シトー修道士会の総本山アルコバサ修道院
アルコバサ修道院は、リスボンの北約120km、ナザレの東約14kmに位置し、アルコア川とバサ川の交わる場所にある小さな町に建つシトー派の修道院である。ポルトガル建国の父アフォンソ・エンリケス1世がレコンキスタに協力したシトー派修道会に感謝し、12世紀初頭に建造を命じたもので、69年の歳月をかけて1222年に完成した。その後も歴代の王が増改築を行ない現在の姿となっている。1989年、世界文化遺産に登録された。
◉レコンキスタ/Reconquista
国土回復運動(再征服活動)。イベリア半島のキリスト教徒国家によるイスラム教国の支配からの解放運動のことで、711年のイスラム軍の侵攻後より開始され、1492年のグラナダ陥落で完了した。ポルトガルにおいては、1249年のファーロの陥落で終了した。
◉イネスとペドロの棺
質素・簡潔を旨とするシトー派の修道院のために、過剰な装飾を廃した簡素なつくりになっている。最盛期には1000人近い修道士が生活していた食堂、寝室、厨房が回廊の北側に広がり、当時の様子が偲ばれる。 そして、この修道院を特別なものとしているのは、イネスとペドロ王子の悲恋の物語であり、繊細で優美な彫刻が施された二人の棺の存在である。
ペドロ1世の棺は翼廊の南側に、イネスの棺は翼廊の北側に安置され、足を向けあう配置になっている。それは最後の審判の日、復活して起き上がったとき際、真っ先にお互いが見つめ合うことができるようにと考えてのことである。
◉イネスとペドロ王子の物語
アフォンソ4世の息子ペドロ王子は、隣国カスティーリャのコンスタンサ姫と結婚するが、その侍女イネス・デ・カストロと恋に落ちてしまう。出産の肥立ちが悪くコンスタンサが亡くなると、ペドロはふたりの関係を公然たるものとし、3人の子供をもうけるが、カスティーリャ側からの圧力を恐れた国王は刺客を放ちイネスを殺害してしまう。その2年後、アフォンソ4世が逝き、王子がペドロ1世として王位に就いたとき、イネスを正式な妻と認めさせるために、死体を墓から掘り起こし玉座に座らせて戴冠式を行った。家臣たちには忠誠の証として腐敗した王妃の手に接吻をさせ、その一方で、イネス殺害に関与した家臣らを捕らえ、自らの手で背中から心臓をえぐり出したという。
Alcobaça
◉アルコバサ修道院/Mosteiro de Alcobaça
(Mosteiro de Santa Maria de Alcobaça)
2460-018 Alcobaça
◎アクセス
⚫︎リスボン、セッテ・リオス・バスターミナルから1時間30分〜2時間。
⚫︎コインブラからバスで約1時間30分。
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