MINAMATAーミナマター
◉1枚の写真にできること。
水俣病を世界に知らしめ、水銀の危険性を伝えることになった一冊の写真集『MINAMATA』。著者はアメリカを代表するフォトジャーナリストであるユージン・スミスとその妻アイリーンである。社会科の教科書には過去のことのように記されているが、本作に触れれば、水俣病に冒された人や家族にとっては、依然として進行形であることがわかる。
ユージン・スミスが写真家として果たそうとした使命を、映画人としてのジョニー・ディッブはプロデューサーとして本作を世に出すこと、そして自信がユージンを演じることで、その遺志を継いでいる。
◉STORY
アメリカを代表する写真家の一人と称えられたユージン・スミスは、仕事にも身が入らず、酒に溺れ荒んだ生活を送っていた。そんなとき、アイリーンと名乗る女性から、熊本県水俣市で有機水銀を含む工業廃水により苦しむ人々を撮影してほしいと頼まれる。現地では公害によって歩くことも話すことも出来ない子供たちがおり、住民の激化する抗議運動とそれを力で押さえつけ用とする工場側の対立を目の当たりにする。そんな光景に驚きながらも冷静にシャッターを切り続けるユージンだったが、ある事がきっかけで自身も危険な反撃にあう。追い詰められたユージンは、水俣病と共に生きる人々にある提案をし、彼自身の人生と世界を変える写真を撮る──。
◉WILLIAM EUGENE SMITH (1918-1978)
ウィリアム・ユージン・スミス
1918年12月30日アメリカのカンザス州ウィチタに生まれる。フォトジャーナリストとして活躍し、フォトエッセイ分野の開発における最も重要なアメリカ人写真家の一人と評される。『ニューズウィーク』誌に次いで『LIFE』誌のカメラマンとなり、第二次世界大戦の写真、貧困に苦しむスペインの村、米国の田舎の医師と助産医師の献身などの優れたフォトエッセイを発表する。『LIFE』を辞めた翌年の1955年に世界的写真家集団「マグナム・フォト」に参加する。1971年アイリーンと結婚し、水俣に移住し水俣病問題の取材を行う。1972年千葉県市原市にあるチッソ五井工場を交渉団と新聞記者らと訪問した際、社員からの強制排除の暴力に遭い重傷を負う。1973年4月西武百貨店池袋店で写真展『水俣 生-その神聖と冒涜』が開催された。1974年10月に水俣を離れ、ニューヨークへ帰国する。1975年、アイリーンとの共著、写真集『MINAMATA』が発行され、世界中で反響を呼ぶが、アイリーンとは離婚する。翌76年にロバート・キャパ賞を受賞する。1978年10月15日、脳溢血の発作により59歳で死去。
◉MINAMATAーミナマター
◎原題:MINAMATA / アメリカ /2020年
◎監督:アンドリュー・レヴィタス
◎脚本:デヴィッド・ケスラー、スティーブン・ドイターズ、アンドリュー・レヴィタス、ジェイソン・フォーマン
◎撮影:ブノワ・ドゥローム
◎原案:写真集『MINAMATA』W.ユージン・スミス、アイリーン M. スミス(著)
◎音楽:坂本龍一
◎出演:ジョニー・デップ、真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子
◎配給:ロングライド、アルバトロス・フィルム
✭2021年9月23日より全国公開。
©2020 MINAMATA FILM, LLC